2011年12月25日 (日)

メリークリスマス

メリークリスマス。暖かい食卓をみんなで囲み、クリスマスを楽しもう。

僕の住む町では、夕方に雪がチラついた。両手足に寒さが押し寄せた。

3.11

僕はテレビを見ながらいろいろな事を思い出していた。

地震の瞬間、仕事中でとにかく目の前の人を助けようとあたふたしたこと。
2ヶ月後に岩手県大槌町に派遣され、自分たちに出来るわずかな支援を根気よく行った事。

今ある現実が永遠のものではない。

現実を目にして、そんなきれいな日本語は思いつかなかった。ただ、目の前の現実を受け入れ、
ただ、出来る事をした。

笑いと悲しみが同居する世界で過ごした。

がんばろう。まだまだ頑張ろうぜ。

岩手から戻って、帰宅し、今ある現実を幸せだと実感した。
幸せだからなのか、被災地の人たちに申し訳ないからなのか、とりあえず泣きました。

ふるさとを奪われた被災地の人たち。その被災地を僕は第2の故郷として、今も想っている。

寄り添うことしか出来なかったが、人が人に出来る事は、寄り添うことしかなかった。

光はそう簡単に射しはしない。

簡単ではありません。

でも、光は必要でした。

今も、必要でしょう。

光をくれ。

メリクリ。

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2011年5月 7日 (土)

俺たちのグラウンド

ビンラディンの始末が済んで、アメリカは喜んでいるというニュースが流れてきた。

さぞかし大変な任務だったことでしょう。ご苦労様でした。

ニューヨーク。

世界貿易センタービル跡に人々が集い、ラディン抹殺を祝福したそうだ。

グラウンドゼロと呼ばれるその地で。

光。

光が無くては、人は生きていけない。

復興と簡単に僕は使っている。

でも、どこかに本当に復興できるのか?あの人達は、あの人達のあの街は、復興するのか?

と、不安に思っている部分がある。

僕は、被災地に介護士として派遣される。

復興といえば、戦後の復興だ。

おそらく、あの時の復興と今の復興はだいぶ違う気がする。

戦後の復興は、苦しかった戦争が終わり、焼け野原になったけど、みんなには明るい未来、

平和な未来が、見えていたはずだ。

今の復興はどうだろう?みんなには明るい未来は、平和な未来は見えているのだろうか?

光が無くては人は生きていけない。

とにかく皆でつながって、ひとつになって、絆を持って・・・、それは光ではない。

具体的な光が、この復興には必要なはずだと思っている。

グラウンドゼロに集まった人たちは、本当に明るい未来が見えているのだろうか?

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2011年4月28日 (木)

背中越しに向こうを見よう

ある日、それは未来を明るく照らす光としてやってきた。 街は潤い、人は潤った。 政治的ではなく、街の人が主催したデモが高円寺でおこった。 『今まで無関心でいてごめんね』というプラカードがあった。 国営、民放テレビ各社、新聞各社は、これの一切を無視した。一切を無視した。 原発に反対する、このデモを無視した。 上野で音楽が空に舞い上がった。 そこでこんな宣言があった。 『我々は、世界最先端の持続可能な平和な列島を作らなければならない。そうでなくして、なぜ、今の犠牲があるのでしょうか。』 僕は、この国が、この国の経験が、この国の技術が、原発を拒否し、この国をクリーンエネルギー大国として世界を先導する夢を見た。 世界唯一の被爆国。そして、この原発事故。我々はそうである義務と責任を持っている。 かつての戦で、広島と長崎では、破壊の光があった。 ピカッ。 ある日、それは未来を明るく照らす光としてやってきた。 街は潤い、人は潤った。 真夏の太陽のように輝いた未来を。

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1ヶ月前

3.11で日本はまた、変わってしまった。

悲しみを乗り越えるため、勇気付けるため、日本は、世界はひとつになろうとしていた。そして僕も、ひとつになるために、義援金を出し、電力会社を批判し、被災地に介護士として派遣されることに誇りを感じ、サッカー選手の1ゴールに涙していた。

僕はひとつになろうとしていた。

世界はひとつになろうとしていた。

そして段々、僕は、そのひとつになるということに違和感を感じ、気持ち悪さを感じ始めていた。

被災地に派遣され、そこで動く動機は何なのか?正義感なのか、慈悲の心なのか、ただ、人を救いたいという大それたことなのか、ただ非日常がほしいだけなのか、日に日にわからなくなってきていた。

『ひとつになるというスローガンに反対して、ひとつになれない、はみ出した者達を不謹慎という言葉で殴り倒した。』

「アンダー・ザ・ロウズ」という舞台での台詞のひとつだった。

世界が、日本が、会社がひとつになって何かに対抗しようとすることに、息苦しさを感じていた時に、自分の体に入ってきた言葉だった。

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2011年3月17日 (木)

光を


優しさだけでは人は救えない。

僕は 出来る事をする。

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2010年12月22日 (水)

TAMORI

KAGERO的にタイトルを。

俺的、今年の動画ランキング第一位。

これよこれ。最高よ。

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2010年9月21日 (火)

速報

何も信じれない世の中になっている、という事かね。

でもね。

それでも人間は信じる事をやめないのさ。

その方が楽だし。

何より、

信じていたいのさ。そういう生き物なんだよ。

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2010年9月16日 (木)

アンネ

久々に芥川賞作品を買って読む。前評判がなかなか良いからだ。

赤染晶子著『乙女の密告』

スラスラと読めました。

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2010年9月10日 (金)

それはなにかとたずねたら11 ラスト

さて、ワールドカップ期間中に自分が友人に送り続けたメイルを長々とお送りしたわけですが、それはもう過去の話。もうそれぞれは新しいスタートをきっている。次の戦いはもう始まっている。
目指すはブラジル。


7月12日


まず、スペインにおめでとうと言おう。
オランダである。ものすごいファイトだった。かなり荒々しかったなぁ。まさに、美を破壊しに行ったのである。ファールの全てが一発レッドも当然の当たりだった。その姿は、ヨーロッパ・チャンピオンリーグでモウリーニョが示した戦いとはまた違った感情が生じた。正しいかそうでないかは別だが。

チャンスもいくらかあった。外しまくったロッペンは最後までよく走ったが、あれらを決めていれば、タコ野郎の予想は外れる事になったはずだ。

スペインはよく動き、ボールもよく動いた。でもトーレスは最後まで働かず、彼のピークは2008年だったのかもしれませんね。オーウェンのようにならなければ良いが。でもそれは彼自信の問題だ。

総じて楽しんだ、南アフリカである。ダウンロードしたiPodのアプリ『ブブゼラ』を見る度に、これらの熱戦を思い出すだろう。

ブブ〜。

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2010年9月 9日 (木)

それはなにかとたずねたら10

ザッケローニ要らねぇんじゃね〜の。原でいいじゃん。ダメか?


7月10日


さぁ〜て、地上波で3位決定戦を放送しない事に激怒のわたし。NHKは相撲中継やらねぇんだから、3位決定戦ぐらい放送しろよ!と、無意味なボヤキを漏らしてみました。時代はCSですな。

さて、スペインですが、あれだけ高いボールポゼッションを保ちながら、1点しか取れねぇのかよ。だったら個人技だけでバカスカ点を取るアルゼンチンの方が、観てる方は盛り上がるぜよ。

さてスペインは、オランダに勝つ義務があるし、資格もあると思っている。
オランダは、準決勝のドイツの二の舞だけは避けたいだろうから、ガンガン飛ばして来るに違いない。
もしくは、カッチカチに守りを固めて、カウンター狙ってドスン、か。
まぁ、オランダはガンガン来るね。クライフに何言われたって勝ちたきゃ、守るしかねぇのによぉ。守って勝ってクライフに何か言われたら言ってやればいいんだよ。

お前は優勝してねぇだろ?って。

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